信州競売情報
《信州田舎暮らし》
| 過去ログをご紹介するコーナーで、WEB信州競売情報の編集者が、実際に信州に移住し、今日に至るまでに体験した事柄を思いつくままに書いています。現在は、その時のブログは終了し、別のブログに変わってしまいましたが、時々、お問い合わせがありますので、そのまま、再掲載いたします。 | |
| 信州田舎暮らし | |
| ◆競売を巡って ◆田舎暮らし |
|
|
|
|
| ◆競売を巡って | |
| ■2004-11-26-Friday 競売体験記(1) | |
| 編集室は牟礼村に置かれていますが、この土地・建物とも長野地裁の不動産競売で買受けしたものです。主たる建物は、建具がほとんどなく、また内部の照明器具も外されているようでした。なお、物件明細書には引き継がれる権利については、何の記述もありませんでした。しかし、評価書には、建物には崩壊直前の納屋が附属建物として存在し、ある者が譲り受けたと主張している旨の一文がありました。 たぶん、配当を正当に受けることができない者が、いくらかのお金を回収できればということで、以上のような措置をとったものと推測されます。若干のトラブルの種を抱えた物件ということができます。したがって、落札されていなかったようです。 買受けについては、いろいろな動機はありましたが、それについては、また別に触れる機会もあると思いますので、話を先に進めます。結局、入札し、落札もしたわけです。残額代金を支払い、登記手続きも完了し、建物内部の改装も終わった頃、建具と照明の保管者と名乗る者が現れ、建具等を引き渡すので、ついてはお金を払って欲しいと言ってきました。残念ながら(?)、改装が終わった後でしたから、その必要はないときっぱりと断ることができました。 なるほど、こういう金銭回収方法があるのかと変に関心した事件でした。とはいっても、通常は自分好みにリホームしたいものですから、従前の建具や照明器具等がなければないでも良いといえます。店舗を落札した方が、その後、内部の食器の代金が未払いだから支払いをして欲しいと請求されたという話を聞いたことがありますが、相手にあわせて、本当に保管をしていたのか、あるいは未払い代金があったのか等を詮索するより、必要ない、知らないと明言する方が実際の問題解決にはより資するように感じています。 法的問題を言えば、不動産の価値を低下させるような不法行為をしているわけですから、当方が金銭を払う必要がないどころか、逆に請求や、返還を求めることができる事例です。いずれにせよ、こうして、第一ラウンドは終了しました。 |
|
|
|
|
| ■2004-11-29-Monday 競売体験記(2) | |
| 第二ラウンドは翌春、ちょうど一年後のことです。倒壊寸前の納屋がさらにもう一年冬の雪の重みを受けて、いつ倒れても不思議ではない状態になってきました。困ったなと思っている頃、自称建具の保管者(詳しくは体験記1参照)が、二人の男を連れて敷地内をうろうろし始めました。一応、納屋の様子を伺っているようです。 何を言うわけでもなし、しばらく辺りを徘徊した後、連れてきた男が庭の畑で草を抜いていた私の側に来て、ガンを飛ばし、そして去っていきました。こんなことが数度続きましたが、一切、会話はありません。たぶん、こちらが何か言うのを待っているのでしょう。しかし、相手が何も言わないということは、言いがかりをつけるネタが何もないのだなと直感しました。だからこそ、こちらからの申し出を待っているのです。そうとわかれば、解決策は簡単です。納屋の解体です。 手順は、まず崩壊寸前の危険な状態を写真に撮りました。これは、実質的に納屋が滅失しており、土地所有者としてそれを片づける行為であることを明らかにし、何か言いがかりを付けられたら、撤去等の費用を請求するための準備です。運良く、村の議員さんがユンボで撤去を手伝ってくれ、半日で終了し、廃材も村の建設業をしている知人が運び去ってくれました。 私はかって国立大学法学部の研究者でしたが、現実社会のなかで生活してみれば、法的紛争の解決は法理論や法解釈ではなく、解決しようという意志と実行力であると痛感しています。上の事例も、その応用例です。したがって、この逆もあるわけで、法的に全く落ち度はなくても、駆け引きで負けてしまうこともままあります。トラブルに巻き込まれないコツは、明確な意思表示と首尾一貫した行動でしょうね。 そして、仕上げは、村の有力者に頼んで、自称建具の保管者がもうこれ以上家に近づかないように念を押すことでした。田舎の良さは、共同体意識の絆のなかで、ワルにも顔が聞く人が必ずいるということです。こうして、やっと、私の田舎暮らしが本格的に始まることになりましたが、実は、ここでの人間関係が後の第三ラウンドの伏線になっていたのです。 |
|
|
|
|
| ■2005-02-05-Saturday 競売体験記(3) ライバルと対面 | |
| ある時、ある人と喫茶店で世間話をしていたところ、私と同じように競売情報に係わっている知人がおり、その人を私に、是非、紹介したいという話の流れになりました。好意から出た話なので、翌日、その人と会ってみることにしました。ある会社のオーナーと紹介され、その本社の一室へと向かったのですが、ドアを開けると眼光の鋭い、人を寄せ付けない雰囲気の男性が迎えてくれました。 私の方から一通り仕事の内容を話し、次に彼の話の段となりました。如何にして競売不動産を確実にまた格安に落札するかという体験談を聞くことになったのですが、まず、不動産の最低売却価額を下げる工作をするというところから話が始まりました。すなわち、不動産に賃借権を設定し、さらに、そこに転貸借権を設定するなどして権利関係を複雑にし、あるいは従業員を住まわせて、他の人が入札しにくい状況を作り出し、じっと待つというのです。 また、賃借権の設定期日など裁判所(執行官)との対応は、「世間知らずの公務員」ゆえ、簡単なものだと断言していました。なんと私と全く逆の立場の人と対面しているのです。「…!」。紹介者を恨みましたね。こうして、所期の値段まで最低売却価額が下がったところで買い受け、次に転売をするのですが、これがまたすざましい値段を付けて売るようです。関東圏に話を持っていくそうです。このあたりの肝の据わった対応は、逆にすごいものですが、詳細は書けません。 この後、もう一人のパートナーに会わせてくれるということになり、その事務所にとにかくついていったのですが、会社の事務所ではないその雰囲気に早々に帰ることにしました。後日、この人物とそのパートナーの名を裁判所の記録に見つけ、本当の話だったんだと納得した次第です。 さて、今回、入札に参加する人を脅かすような話を載せたのは、こんな典型的な事例は、もはや最近の民事執行法ではほとんどあり得ないからです。ご安心下さい。やっと昔話として記すことができる時代になりました。 |
|
|
|
|
| ■2005-06-30-Thursday 競売体験記(4) その後の話 | |
| 競売で落札した土地の所有者が村にある団地の造成工事を請け負った民間業者とトラブルになり、そのトラブルが村の団地に波及することを避けるため、村が福祉施設の建設予定地としてその土地を購入することになりました。ただし、土地の所有者と民間業者とのトラブルも、トラブルになったのか、それともトラブルにしたのかはよくわかりません。また、その土地の経歴を調べてみると、15年ほど前の競売物件であることがわかりました。 ということで、現所有者が落札した土地の価額と村の購入価格とが適正であるのかということが一つ問題になりました。さらに前所有者が産業廃棄物を埋めていた可能性もあって、大学のゼミの研究対象にもなりそうな事例です。 最近の競売物件に関する一件ファイルには、過去の登記簿謄本の記載から、産業廃棄物が埋められている可能性や汚染物質の存在する可能性などが記載されるようになってきています。なぜなら、これらは、不動産の価値を下げる要因で、通常ならば、契約解除や損害賠償請求の要因だからです。ただし、15年前は、そういったことは調査されていませんでした。したがって、このことも絡んで、前所有者と現所有者の関係でも、問題は複雑になっています。そして、それを村が購入しようというのですから。 実は、ある債権回収会社のマニュアルを見る機会があったなかで、こんな印象的な文章を目にしたことがあります。つまり、トラブル物件や一般処分がかなわない不動産は、最終的にはその不動産の所在する地方自治体に買い取らせるというものです。まあ、本当にマニュアルどおりの進行です。 というわけで、先の土地取得に関し、住民監査請求がなされることになりました。その経緯については、今回は述べませんが、競売体験記(2)で、「実は、ここでの人間関係が後の第三ラウンドの伏線になっていたのです」と書いた、その後日談が、今回の話となるはずでした。しかし、近過去の話をそのまま書くわけにもいかず…。 とはいえ、話の発端だけはここに記しておきます。つまり、15年ほど前に競売にかかた土地の(前)所有者が、あの自称建具の保管者でした。そして、かって撤去を手伝ってくれた議員さんが住民監査をした住民代表、また、かって仲裁にあたってくれた村の有力者が今では村長といった具合です。言うまでもないことですが、私も住民監査請求に引っ張り出されてしましました。 善悪の人間模様は15年たっても変わらずでしょうか? |
|
|
|
|
| ■2005-09-30-Friday 競売体験記(5) 裁判資料の謄写 | |
| かって、ある裁判所で競売物件の資料を閲覧していたところ、どうしても添付されている地図が必要となり、コピーさせて欲しいと裁判所の職員にお願いしたことがありました。その時、裁判所は記録の閲覧は保証しているが、コピーまでも保証するものではないとの理由で断られたことがあります。必要な箇所を手書き等で写すことは妨げないけれどもという一言もありました。 こんな具合ですから、競売物件は落札されず、相当過去の物件も特別売却に大量に付されたままでした。このような事情は、そんなに昔のことではありません。そこで、弁護士会のコピー機を使用させていただいて、当該地図を謄写したのですが、その料金の高さには驚かされたものでした。一方、今は統合されてなくなってしまった裁判所支部のなかには、競売にて買受けされる可能性があるので、執行官室のコピー機によって、必要な箇所を謄写させてくれましたが、本当に入札・落札を促進しようとするならば当然の処理です。もちろん、有料で一般市価よりは高いとはいえ、弁護士会のコピー機を使用するよりはかなり廉価でした。 現在、長野県下の裁判所の入札情報等は、一件ファイルとして置かれてある資料に関しては、どこでも謄写できます。ただし、過去の経緯から、弁護士会のコピー機を使用する形態では、以前に比べ格安になったとはいえ、一枚70円程度の費用がかかります。これに対して、執行官室のコピー機を使用する形態では、その費用は30円程度です。いずれにしても、コンビニ等の一般的価格10円よりは、かなり高いのですが、裁判所に対しては比較的一般市民の声が届きにくいので、当面は、このような状況が続くのではないでしょうか。 刑事事件について、裁判員制度の導入によって、一般市民的感覚を裁判所に取り入れようとの試みもいよいよ実施時期が近づいています。しかし、より市場原理近くにある競売事件でさえ、実質的な情報の提供がかならずしも適正に保証されていないことを考えると、裁判員制度の導入も現場での混乱あるいは形骸化の危険性をかなり強く感じるこの頃です。 行政府、立法府はかなり国民の視点にまで降りてきましたが、司法府については市民感覚から遠くはなれた箇所が散見されます。過日行われた、郵政解散の影に隠れていますが、裁判所が「国民の裁判所」に真に脱皮するには、まず、最高裁判事の国民審査の著しい形式性を何とかしなければらないのでは? 本日のツッコミ(全1件) [ツッコミを入れる] _ カワちゃん (■2005-10-25-Tuesday 15:56) 長野地裁佐久支部は、建物がきれいに改装されています。それに伴って、従来一階にあった執行官室が二階に移りました。したがって、一階の閲覧場で見て謄写したいと思った競売情報の記録は、二階にて謄写することになります。執行官室は、二階への階段からはやや死角になったところにありますので、迷わないでください。 上田支部はこの逆で、二階に閲覧場があり、一階が執行官室です。物件明細書等必要な書類は、一階の執行官室で、一枚三十円でコピーできます。松本支部も、二階に閲覧場があり、一階が執行官室というパターンです。以前は、ファイルがそれぞれ鎖で留められており、絡んだりして閲覧に苦労がありましたが、今は快適な閲覧場ができています。 諏訪支部は四階に、伊那支部は一階に、閲覧場と執行官室があり、記録の閲覧と謄写はともに容易です。 飯田支部は二階が閲覧場で、資料の謄写は、同階の書記官室にあるコピー機を使用して、自分で謄写することができます。弁護士会のコピー機だそうですが、自分でするということで、一枚四十円で謄写できるそうです。 長野地裁本庁は、四階が閲覧場で、執行官室は一階ということなのでしょうか?、四階にある弁護士会のコピー機を使用させてもらう体制です。ただし、その謄写人に連絡して謄写を依頼するという方法なので、費用と時間に制約があります。このあたり、改善の余地はありそうですね。 |
|
|
|
|
| ■2005-12-14-Wednesday 競売物件のリフォーム | |
| 競売物件をリフォームして販売している会社の業績は好調のようですが、たまたま、あるリフォーム会社の幹部に会って話を聞く機会がありました。最近の傾向は、戸建・マンションを問わず、柱や壁をできるだけ少なくし、部屋全体をワンルーム化して居住空間を広く取り、自由に家具等を配置できるように改装するのが主流とのことです。 専門のリフォーム業者の目からすると、リフォーム材料は、見かけより廉価のものが使われているのが実情で、いずれ、遠からず、もう少し、高品質のものが要求される時代がくるのではとのことでした。落札から販売まで期間を短くする都合上、リフォームの予算に枠があり、また、工期を厳密に守ることが要求され、期日を越えると、追徴金も課せられることもあるそうです。リフォーム自体は材料の選定によって、通常は、どんな予算にも合わせることができるそうですが、不動産業者の場合は、販売が優先するので、本当は、リフォーム専門会社が主導してリフォームを行いたいとのことだそうです。 かって、競売に参加する人は、土地の資産価値に重点を置いていたので、上物としての建物は場合によっては無いほうがよいこともありましたが、最近では、建物はリフォームの大事な本体として重要視されています。したがって、戸建物件はほとんで期間入札で買受けされる傾向があります。 競売に直接参加される場合はともかく、リフォームされた競売物件を買い受ける若い人や定年退職した方々は、建物構造自体は中古物件であることをよく理解し、近時の建築(耐震)基準を守っているかなど、安全と経済のバランスを再確認していただきたいと思います。とくに、広めの居住空間が構造上安全性の裏打ちがあるのかは、少なくとも、勘案すべき重要な事項です。 |
|
|
|
|
|
|
|
| ◆田舎暮らし | |
| ■2004-11-24-Wednesday 田舎暮らし:信濃の国 |
|
| 長野県民は県歌「信濃の国」に間違いなく誇りをもっています。長野五輪の前開催地ノルウェーのリレハンメルでも、長野五輪のアピールに訪れた県民の方々は、声高らかに県歌を熱唱していたそうです。ただし、ノルウェーの人々は、長野五輪なのに信濃では長野のアピールにならないと感じたそうです。長野県が成立するよりも、古くからある信濃の歴史をうまく伝えることができなかったということですね。 当時、この話を語ってくれたノルウェー在住の日本人の方は、同時にこの県歌を一緒に歌えないことにたいそう疎外感を感じたとも言っていました。やはり、他から来た人を受け入れるのが苦手な県民性は確実にあるようです。 「信濃の国は 十州に 境連ぬる 国にして 聳ゆる山は いや高く 流るる川は いや遠し 松本 伊那 佐久 善光寺 四つの平は 肥沃の地 海こそなけれ 物さわに 万ず足らわぬ 事ぞなき」 確かにこの県歌は大変いいものだと思いますが、信濃の国が歌えなければ長野県民(あるいは信州人)ではないという排除の論理としてではなく、信濃の国が歌えれば、だれでも、どこの出身者でも、長野県民であるという包容力のあるものとしてみんなで共有できれば、長野県も大分変わっていくように思われます。 長野県には、人、自然、歴史など多くの宝物があります。これらも、公共財として日本中の多くの人々と相互に共有できることが同様に重要です。このような発想の転換を少しずつですが、長野県の方々に理解してもらうことが、今現在、私の最大の関心事です。 |
|
|
|
|
| ■2004-12-05-Sunday 田舎暮らし:アカですか? | |
| 牟礼村での生活が始まって以来、いろいろな人がやってきましたが、大半は、区費・社費・地域分担金の集金、消防団・青年会への入会依頼、農協(準)会員や各種保険の勧誘、農業機械の共有金の支払いなど、前所有者の時代に滞っていた残務整理類似のものばかりでした。それらが一巡し、しばらくした頃、同年輩の村人が私のところにやってきました。 「カワさんはアカですか?」といきなり質問されました。一瞬何を言われているのか判りませんでしたので、「え!」と聞き返したところ、もう一度「アカですか?」と聞かれました。赤旗のアカのことだと理解するのにしばらく時間がかかりましたが、どうも、そのことを尋ねているようです。学校教育の中では習ったことがない言葉なので、随分新鮮で、今でもこういう言葉が生きていることに変な関心をしたことを覚えています。 ある日突然に、田舎に競売で不動産を取得し、地縁・血縁のない人が暮らし始めるのですから、当然、どういう人なのか興味津々なのです。とくに、左翼系の人が田舎での生活をする前例が少なからずあり、ましてや、大学研究者の職を辞してと聞いては、どうにも確認したかったのでしょう。それにしても、単刀直入でした。 たぶん私が正直に田舎暮らしの意義、たとえば最近はやりの「スローライフ」の重要性などを語ったところで誤解されるだけと思われましたので、言葉をはっきりと「違いますよ。」と答えると、ニコっと笑って「また来ます」と言って帰っていきました。言葉を多く語るより、好印象を与える作戦が功を奏したようです。 しかし、その後、まもなく「カワさんのところの宗教はなんですか」と年輩者から聞かれることがありました。今度は宗教団体の一員ではないかの心配です。そこで、逆に相手の宗派を尋ねたところ、たまたまわが家と同じだったので、その旨伝えるとニコっと笑ってくれました。どうやら、OKのようです。ただし、この話には後日談があって、村のあるお寺の檀家になって墓を買って欲しいと頼まれました。結果的には断りましたが…(もうすでに、先祖代々の墓は所有していましたので)。 田舎生活を始めると意外に色々な人が顔を出してくれますが、初めのうちは特定の目的を持った人が訪れる傾向があります。そこで、それらの人が一巡して後、懇意な知人をつくると良いのではと思います。 |
|
|
|
|
| ■2005-02-01-Tuesday 田舎暮らし:草取りは仕事か、趣味か? | |
| ほとんどの人が農家ばかりの田舎生活にあたっては、価値観やその視点の違いに驚かされることがしばしばです。何かの会合で集まった時、「カワさんちは朝方までこうこうと電気が点いていた」とか、「朝(午前五時頃)野菜を持っていったけれど、玄関に鍵が掛かっていた」と言われ、村人全員に見られているような感覚に襲われました。 そんななかでも印象的な出来事は、わが家の広い敷地(?)の草取りでした。マイホームを持った方の多くが思うのは、愛犬を飼い、休日には庭先でバベキューをし、そして庭造り・自家野菜作りをやろうといったところではないでしょうか。かくいう私も、そんな思いを抱いて、自家菜園を造りました。したがって、休日の土いじりや草取りは至福の時であったのですが、なにしろ休日農業です。時としては、野菜より草の方が背が高いこともありました。 しかし、また、この草取りも結構楽しい時間で、伸び放題の雑草を一生懸命に取っていたところ、近所の会う人会う人が、「今日はいい仕事をしてなさる」と声を掛けてくれるのです。本人は仕事感覚ではないので、もちろん、誉められることもないよなと内心思っています。どうやら、私にとっては楽しい趣味である草取りは、農家の人にとってはできればやりたくない仕事のようです。 このとき急に不安になったのですが、趣味の草取りですから気の向いたときに行っていた作業が、村人からは仕事の放棄と映っていたのではと思われたことでした。農家にしてみれば雑草を取るのは仕事で、それをしない私は仕事をしていないと見えたでしょうし、どうせ草を取るならば、もっと合理的に、たとえば、除草剤を使ってでも、さっさと片付ければと考えていたでしょう。 私には別に仕事があり、かなりハードにこなしていましたが、そちらの部分は地元の人には見えないので、逆に遊んでいるように思われ、趣味の休日農業は仕事としての評価を受けてしまい、最近はよくやるようになった(!)と言われる始末。 教訓:田舎生活では草取りは一生懸命やりましょう。それだけで、働き者と思われます。たぶん…。 |
|
|
|
|
| ■2005-03-05-Saturday 田舎暮らし:北の国から | |
| 飯綱東高原の麓に広がる牟礼村ですが、そこに横手地区というところがあります。ここからの眺望はすばらしく、たまたま信濃町からの帰りに車を止めたことが縁となって、その優れた景色に誘われ、ついの住居をこの地に求めることになりました。 この地は、かって、木下恵助監督の『野菊の如き君なりき』のロケ現場でもあったそうで、映像のプロも推奨の場所なのです。私個人的には、北海道富良野を舞台にしたテレビドラマ『北の国から』のなかで、五郎が純と蛍と一緒に郊外の丘から富良野市街を眺める場面がありますが、その富良野からの眺めにそっくりだなあというのが、最初の印象です。(わが家族の本籍地は北海道です。) 話が後先になりますが、実は、同じくこの牟礼の地に転居し、田舎暮らしを始めた方のエッセイ集に最近出会いました。そのご家族もここからの眺望に引かれ、終生の地と決められたそうです。いくつかの苦労を経て競売がらみの住居を取得したそうですが、このロケーションはその苦労をはるかに凌ぐものがあったと書かれており、まったくの同感です。 みさわようこ著『牟礼の里にひとめぼれ』(新風舎・2004)を参考にして下さい。 田舎暮らしもある程度年月を重ねてくると最初の動機や気持ちを忘れがちになります。その時、私にとっては、この風景が初心を思い出させてくれます。ただし、地元の方にとっては慣れ親しんだ日々の景色の一つで、その有り難みにはさほど気付いていないようです。しかし、人の生き方を変えるほどの力があるのですよ。 田舎生活を成功させるには、たんなる土地や家だけではなく、やはり人の気持ちを癒してくれるなにかがなければいけないように感じています。 |
|
|
|
|
| ■2005-05-13-Friday 田舎暮らし:番犬 |
|
| 昨年(平成16年5月)のことになりますが、一家が牟礼に転居した翌年に生まれた愛犬が死去しました。予防注射した当日になくなりましたから、何のための予防注射かと思いました。というわけで、現在、わが家には番犬がいません。 ところが、いや、だから、昨年末から今年の春にかけて、畑の生ゴミをあらす獣(?)が出没するようになりました。ボケたリンゴをかじったり、畑に穴を掘ったりと確実に毎日何かがわが家に来ているのです。初めのうちは、近所のネコが来ているとばかり考えていたのですが、どうも、荒らし方が乱暴で、執拗なのです。 さて、帰省していた大学生の次男が東京に戻っていった翌日、5月6日のことです。早朝、庭の芝生を家の中から眺めていたところ、一匹の動物がゆっくりと歩いているのです。そして、今度は、芝生で日向ぼっこをしながら、体を舐めていることに気がつきました。メガネの度が合わないせいもあって、隣の家のネコかなと思ったのですが、顔を私の方に向けたところ、なんと、タヌキではありませんか!! やっと、わが家を荒らす犯人の正体がはっきりしました。番犬がいなくなった気楽さから、タヌキが縄張りとしてしまったようです。回りの家は皆犬を飼っていますから、その空白地帯はわが家だけということで、こんなことになってしまいました。人に話すと、「かわいい!」とか言いますが、週末農業への闖入者であることにはちがいがありません。 競売物件の占有排除なら、いくらも手がありますが、タヌキ相手ではどうしたらよいものか?ちょうど、愛犬の一周忌でもあるし……。今、タヌキと立ち退きを交渉中です。田舎暮らしに番犬はペットとしてではなく、実用的に本当に必要ですね。 本日のツッコミ(全3件) [ツッコミを入れる] _ カワちゃん (■2005-06-02-Thursday 15:42) 後日談を加えます。狸が現れてからしばらくして、敷地の片隅に虫の息の狸を見つけました。老衰のため、近場で餌を調達していたようですが、遂に力尽きたのでしょう。仕事から戻ると昇天していました。役場に連絡をして持っていってもらいましたが、担当の方の話だと、最近、狸がやたらと多いと教えてくれました。餌がなく、里に降りてきているのでしょうか? いずれにしろ、これで畑は荒らされないようになると考えたのですが…。なんと、まだ時々獣の足跡がいくつもあります。数日後の夜、知人の家に向かう途中、狸が二匹道路を横切っていました。そして、その帰り、今度は狐が歩いています。いつのまにか、この地域は動物王国になってしまいました。毎年、夏には熊がトウモロコシを拝借しにきますし、猿を見かけた話も聞きます。 動物と人間の境界が曖昧になっています。 _ F (■2005-06-27-Monday 09:46) もうすぐ、保健所で殺処分されそうな成犬がいます。番犬として飼っていただけたらとても助かります。テリア系で4匹いますが、どうでしょうか?一匹でも助けてあげたいので。 オスです。場所は長野県南信ですが、お届けします。 _ カワちゃん (■2005-06-30-Thursday 17:19) かってわが家の犬たちと一緒に育った子供達が家を去り、犬の世話をする者がいなくなりました。また、諸般の事情もあって、気持ちの中でまだ次の犬を飼う余裕は生まれていません。番犬のいない野生の王国にもなれてきたところでもあるし…。 もし、ご協力できる他の方がおられるようでしたら、ご連絡下さい。なお、Fさんが掲載されている電話番号は、しばらくしましたら、公開されているブロブの性質上、削除しますので、その後は、編集室までご連絡下さい。よろしく、お願いいたします。 |
|
|
|
|
| ■2005-08-30-Tuesday 田舎暮らし:理科系離れ | |
| 平成17年8月27日、信州大学工学部遠藤守信教授の記念講演を聴く機会を持つことができました。氏は、ナノテクノロジーの権威で、しばしば、ノーベル賞候補者として名前があがっておられる方です。こんな書き出しでは、田舎生活の味わいを語るこのコーナーにはふさわしくないように思えますが、カーボンチューブの発見過程の話題に際して、最先端科学の発見が、実は、子供の頃の野原を走り回った経験に大きく依拠していると告白されているのです。氏は、長野県須坂市出身で、信州の自然の中で蝶やいろいろな虫を追いかけたり、木や花の芽を摘んだことが、後々の研究継続の情熱を生み出したとさりげなく語られていました。 今日、子供達の理科系離れが言われ、将来の日本の技術レベルの低下に警鐘が鳴らされていますが、子供達を自然の中で徹底的に遊ばせることが解決へ意外な近道なのかもしれませんね。加えて言うならば、では、子供達が文化系には大きな躍進を見せているかと言えば、決してそうではなく、同様に、文化系でも未熟な結果を目にします。 かくいう私も、子供の頃はファーブルに憧れ、理科系の得意な少年でしたが、後に法律の世界に身を転じ、さらには、現在は浮世絵研究の道に至っているのですから、自然科学の基礎の上に社会科学があって、そして、その上に人の生き方、つまり、文化に至る道筋があるということだと思います。 なお、遠藤教授に先立ち、田中長野県知事が、信州を日本の背骨と位置付け、水と森林の大切さを謳った中で、子供の頃の体験として、東京出身の田中少年を地元の同級生がいじめた際、時として帽子は川の中に投げられることもあったけれど、カバンが投げられることは決してなかったこと、つまり、自然の生活の中で、心に歯止めがあったことを指摘されていたことは同じ文脈として重要です。 わが家の庭では、最近、急にセミの死骸が増えてきました。隣の畑のトウモロコシは、狸が綺麗に皮を剥いて身だけを食べていきます。秋の訪れです。 |
|
|
|
|
| ■2005-09-07-Wednesday 田舎暮らし:地球温暖化と信州 |
|
| アメリカ南部を襲ったハリケーン・カトリーナに続き、日本にもそれよりも大きな暴風域をもった台風14号が上陸し、各地に大きな被害をもたらしました。海水温の上昇が、これらハリケーンや台風の発達を支えているのですが、一部の識者は地球温暖化がその原因ではないかと述べています。 実は、旧暦で将来の気候の変動を概括してみると、二十一世紀は季節を調整する閏月のほとんどが冬には入らず、したがって、温暖あるいは暖冬傾向が予測されています。旧暦は、東アジアの地域暦ですが、過去四千年の統計に基づき、大きな気候の循環からこの地域の温暖化傾向を導き出しているのです。これに、人間活動によって発生した二酸化炭素の温室効果が加われば、さらに、温暖化の影響は大きなものになるでしょう。いずれにしても、地球あるいは東アジアは暑くなりつつあります。 信州では、北国の果物の代表格リンゴの生産が盛んですが、加えて、ブドウの栽培も各地域で行われるようになってきています。従来、ブドウの生産には適さない地域が、温暖な気候のため、よいブドウが採れる生産地へと変貌しつつあります。そして、地域ブランド・ワインがぞくぞく開発されています。北国ゆえ、そして雪国ゆえ生活しにくかった信州は、快適な環境へと変わりつつあるのです。 最近の傾向として、信州に不動産を求める動機の最大要因は、アパート・テナントなどの賃料収入やリホームによる不動産利益の獲得など、投資観点ですが、非人間的なヒートアイランドから森と水に囲まれ、快適な気候になりつつある地域に生活するという『環境防衛的視点』を真剣に考える時期ではないでしょうか?また、関東や東海など巨大地震が近未来予測される都市部を避けるというだけではなく、都市部には消失してしまった地域コミュニティーの人間的絆は、信州にはいまだに生き続けています。なお、新幹線や高速道の整備によって、都会からの時間的距離は飛躍的に短くなっているので、都市文化も十分に享受できます。 かって、日本を変革しょうとした団塊の世代の方々がいよいよ定年を迎えようとしていますが、リタイヤー後の生活地として信州はいかがでしょうか?地球環境的視点で不動産を選択するというライフスタイルの手本となって、若き日の変革のエネルギーを最後に(?)、信州にて発揮してみてはどうですか? |
|
|
|
|
| ■2006-02-02-Thursday 田舎暮らし:眠れない夜 | |
| 近所にいつも野菜をくれる「ばあちゃん」がいます。息子さんはりんご農園を経営し、「ばあちゃん」自身は俳句を嗜む趣味人です。若い頃、代用教員をしていたそうで、話のわかるお年寄りでもあります。 さて、家内がその「ばあちゃん」から聞いた話ですが、最近、なかなか寝付けなく、ふっと自分がお嫁に来てから亡くなった人を数えてみたそうです。信州のお年寄りは全国的にみても長寿で、私の感覚では、そんなに亡くなった方はいないような気がするのですが…。現在では六十戸二百数十人ほどになっている各世帯の顔々を思い浮かべながら、一人、また一人と数え出すと、なんと百人を越えてしまったそうです。お年寄りが眠れない夜、亡くなった知人を数える様相は、子供が羊を数えるのとは違って、なにか鬼気迫るものを感じます。しかし、「ばあちゃん」は情感を交えず、枯れた感じで話していたそうです。 こうして、百人を数え終わり、最後に自分の名前を加えて眠りについたりしてと私が話を混ぜかえしたのですが、田舎の特性がよく表れた出来事です。田舎では、どの家に誰が住んでいて、また何歳でという情報は皆何らかの形で共有しています。もとより、「個人情報の保護」、「ハアー」という感じです。 匿名社会のなかでは個人情報の保護は大切ですが、かたや、個人が特定された地域社会の創設も同じ位重要で、ある地域全体がその情報を共有することにも大きなメリットはあります。実は、個人情報は、秘匿するのではなく、お互いがその情報を知り合うことによって、真に保護されることもあるということに早く気付かなければ、地域社会の礎は近々崩壊していくことになるのではないでしょうか。 田舎生活をしていてさえ、個人情報保護法の運用が、かえって、社会に孤立した個人を多数生み出しているように感じさせるこの頃です。 |
|
|
|
|
| ■2006-03-30-Thursday 興亡の激しいIT業界 | |
| ようやく春が訪れたと言ったそばからここ数日は雪が降っていましたが、ともかく、事務所をすっぽり包んだ雪は完全に消えました。昨年12月、いきなりの大雪が降り続いたことは周知のことですが、その雪下ろし作業の途中、屋根で何かスコップに引っかかるものがあります。何かなと思いつつ、除雪しながら掘り進んでいると、黒い線が出てきました。本来ならば空中にあるべき電線と電話線です。 何も考えずに除雪をしていたので、両方の線を思い切り引っぱていましたが、運良く切れてはいませんでしたし、感電もしませんでした。押さえていた雪がなくなったので、活きよいよく本来の空中にピュンと戻っていきました。 さて、お正月の行事も終わり、仕事始めでPCのスイッチを入れ、メールの確認などし、ついでにHPを開き、さらにデーターベースを閲覧してみました。何の反応もありません。そうです、データーベースサーバーが呼び出しに答えていないのです。もとより、信州競売情報は一度HPアドレスの変更をしていますが、これは、HPサーバー(管理会社)がサーバー業務から撤退したのに対応してです。その時、そのままであったデーターベースサーバー(管理会社)が、今度は、いきなり消滅してしまいました。 現在は、HPと同じ大手のサーバー内に移行手続きを済ませましたので、微調整はともかく、なんとか運用できる状態になっています。まったく、IT業界の興亡はめまぐるしいものがあります。とはいえ、インターネットなどの利用によって、田舎に生活しながらもビジネスを継続していくことは容易な状況になり、その点では都会でも田舎生活を共通認識できるのでしょうが、除雪の苦労など季節感を体感することは、現実に、田舎生活を送っていなければ味わえません。 最近とみに、団塊の世代の方々を中心に、信州などでの田舎生活を望み、不動産を買い求める方々が増えてきています。ただし、競売情報等発信される情報から、地方の生活感などはほとんど抜け落ちていることが多いのも事実で、信州競売情報の情報提供にあたっては、「信州の気風」をどう伝えていくかが、この後の残されテーマになるのでは考えています。 どこかで、山焼きでもしているのでしょうか?針葉樹が燃える際に生じるお香のようないい匂いがかすかに風に乗ってやってきています。 |
|
|
|